アメリカを舞台とした桐島家母子4人の大休暇の様子は、桐島洋子著『マザー・グースと三匹の子豚たち』(文春文庫)にいきいきと綴られている。左の3冊を含めて現在絶版だが、古書店やインターネットなどで手に入る。
 
家族の物語が描かれた『渚と澪と舵』(文春文庫)、『風の置き手紙』(角川文庫)、『カレンとノエルとママ洋子』(角川文庫)。
お母様

こう呼ぶようになったのは三十年前、お母様が一年間の大休暇を宣言し、
子供三人を引き連れてニューヨークのイーストハンプトンに
移り住んだときでしたね。
一言も英語がわからないままポンとアメリカの学校に放り込まれて
途方にくれた私たちは、家に帰ってまた愕然としました。
いつもの通り「マミー」と呼びかけたら
「あなたたち、日本人なんだからマミーはやめてちょうだい。
今日からはお母様と呼ぶのよ」と命じられたのですから。
「貴方たちの乱れた日本語を叩き直すのが、
この休暇の重要な目的の一つですからね。日本では仕事が忙しいし、
多勢に無勢で周囲の影響に敵わないから、忍び難きを忍んで来たのよ。
英語なんて嫌でもすぐペラペラになるから心配することないの。
まず日本語を大事にしましょう」というお母様に
一々きびしく言葉遣いを正され、学校に行けば英語の集中砲火を浴び、
本当にきりきり舞いの毎日でした。
でもお陰様でちゃんとバイリンガルになることができて感謝しています。
 言葉だけでなく暮らしについてもずいぶん鍛えられましたよね。
料理や掃除の手伝いは勿論のこと、森で暖炉用の薪を集めたり、
雪かきをしたり、茸や貝を採りに行ったり、忙しかったけど楽しかった。

以来、私たちにも「故郷」ができて、
ノエルやローリーともよく懐かしがっています。
そして私の子供たちにも一度ああいう海外生活を経験させたくて
機会をうかがっているのです。
 あのとき、お母様の四十歳の誕生日を祝ったのでしたが、
私も今年四十歳になりました。
大先輩に負けずに稔り多い四十代を楽しみたいものです。
お母様もいよいよお元気で。

桐島かれん
 
桐島洋子  様
 
桐島かれん (きりしま かれん)
1964年、神奈川県出身。モデル。
作家桐島洋子の長女として誕生。少女期をアメリカと日本で過ごし、サンモールインターナショナル・ハイスクールを卒業する。86年、化粧品会社春のイメージキャラクターに抜擢されてモデルデビュー、「サディスティック・ミカバンド」のボーカルに抜擢されたのがきっかけとなり、本格的に芸能活動がスタートする。以後、音楽、ドラマ、CMにと活躍する。95年には、写真家の上田義彦氏と結婚。現在、4児の母。
■ 贈る×手紙 1 秋元康さんから、柴門ふみさんへ 「30年後の思い出
■ 贈る×手紙 2 柴門ふみさんから、北川悦吏子さんへ 「届かなかった手紙
■ 贈る×手紙 3 北川悦吏子さんから、桐島かれんさんへ 「美しい悪魔とお姫さま
■ 贈る×手紙 4 桐島かれんさんから、桐島洋子さんへ 「故郷をありがとう」
■ 贈る×手紙 5 桐島洋子さんんから、俵万智さんへ 「祝福の歌にかえて
■ 贈る×手紙 6 俵万智さんんから、明川哲也さんへ 「いつも、ありがとう
■ 贈る×手紙 7 明川哲也さんんから、久石譲さんへ  「そろそろ飲む頃合です
■ 贈る×手紙 8 久石譲さんから、秋元康さんへ 「てーげーに
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