| お母様 こう呼ぶようになったのは三十年前、お母様が一年間の大休暇を宣言し、
子供三人を引き連れてニューヨークのイーストハンプトンに
移り住んだときでしたね。
一言も英語がわからないままポンとアメリカの学校に放り込まれて
途方にくれた私たちは、家に帰ってまた愕然としました。
いつもの通り「マミー」と呼びかけたら
「あなたたち、日本人なんだからマミーはやめてちょうだい。
今日からはお母様と呼ぶのよ」と命じられたのですから。
「貴方たちの乱れた日本語を叩き直すのが、
この休暇の重要な目的の一つですからね。日本では仕事が忙しいし、
多勢に無勢で周囲の影響に敵わないから、忍び難きを忍んで来たのよ。
英語なんて嫌でもすぐペラペラになるから心配することないの。
まず日本語を大事にしましょう」というお母様に
一々きびしく言葉遣いを正され、学校に行けば英語の集中砲火を浴び、
本当にきりきり舞いの毎日でした。
でもお陰様でちゃんとバイリンガルになることができて感謝しています。
言葉だけでなく暮らしについてもずいぶん鍛えられましたよね。
料理や掃除の手伝いは勿論のこと、森で暖炉用の薪を集めたり、
雪かきをしたり、茸や貝を採りに行ったり、忙しかったけど楽しかった。
以来、私たちにも「故郷」ができて、
ノエルやローリーともよく懐かしがっています。
そして私の子供たちにも一度ああいう海外生活を経験させたくて
機会をうかがっているのです。
あのとき、お母様の四十歳の誕生日を祝ったのでしたが、
私も今年四十歳になりました。
大先輩に負けずに稔り多い四十代を楽しみたいものです。
お母様もいよいよお元気で。 |